国東界隈、ねほりはほり編

2. 仁聞菩薩は、いつ『開祖』になったの?

国東物語に登場する仁聞(にんもん)菩薩。養老2年(718)に国東の二十八の寺を開いたと伝えられる人物です。

けれども、二十八の寺がその年に一斉に建てられた、という記録が残っているわけではありません。寺々の営みは、長い時間をかけて形づくられていきました。では、仁聞を「開祖」とする話は、いつ、どんな文書に現れるのでしょうか。

718年の話は、いつ書かれたんですか?

まず、伝承が語る出来事の年代と、私たちが読める文書の年代を分けてみます。

仁聞に関わる早い文書に、仁平2年(1152)のものとされる『人聞菩薩朝記(にんもんぼさつちょうき)』があります。名前の「人聞」は、現在一般的な「仁聞」とは字が違います。このサイトでは人物を「仁聞」と書きますが、史料名はそのまま「人聞」とします。

続いて、正和2年(1313)には、宇佐宮弥勒寺の僧・神吽(じんうん)が『八幡宇佐宮御託宣集(はちまんうさぐうごたくせんしゅう)』を編みました。八幡神にまつわる託宣や由緒を集めた書物で、仁聞を八幡神の化身とし、国東の寺々の開山に結びつける伝承も、そこに記されています。

718年と1152年の間には、四百年以上あります。『朝記』や『御託宣集』は、8世紀の開山をその場で書き留めた記録ではありません。一方で、「仁聞の話は14世紀に突然作られた」とも言えません。『朝記』が御託宣集より前の年代を持つからです。両者の内容がどう受け継がれ、書き改められたのかは、別に確かめる必要があります。

なぜ一人の開祖を語ったんですか?

伝承では、八幡神の化身である仁聞が六郷の谷々をめぐり、二十八の寺を開き、六万九千体もの仏像を造ったとされます。これを一人の僧の事績としてそのまま年表にすることはできません。けれども、半島の各地に散らばる寺々を、一つの始まりを持つ集まりとして語る力があります。

豊後高田市の調査報告書も、この開山伝説が六郷山の多くの寺に共通し、全体の精神的な結びつきと深く関わると説明しています。寺ごとに異なる土地や歩みがあっても、「仁聞が開いた山の寺」という物語を共有できる。ここに、仁聞が「開祖」として語られる意味の一つがありそうです。

ただし、なぜこの伝承が書かれたのか、誰が最初に仁聞を開祖と呼んだのかまでは、文書の年代だけでは決まりません。寺領を守るためだった、宇佐宮との関係を示すためだった、といった可能性は考えられますが、個々の文書の目的と結びつけるには、さらに検討が必要です。

「二十八」と「六万九千」は何を語る?

伝承の二十八寺は、『法華経』の二十八品(ほん=章)に重ねて説明されます。また、六万九千体の仏像を『法華経』の文字数に重ねる説明もあります。もしそう読むなら、半島の寺々と仏像が、一つの経典を思わせる壮大な風景になります。

これは数え上げられた寺や仏像の実数を示す話というより、国東の山全体を仏教の世界として描く言葉として読むと、面白くなります。「谷々が章になり、仏たちが文字になる」というのは、そこから浮かぶ私の見立てです。どの数字の説明がどの史料に現れるかは、伝承の内容と分けて確かめたいところです。

その話は、今どこに残っていますか?

仁聞の名は、古い文書の中だけにあるわけではありません。旧千燈寺には仁聞の開山伝承があり、枕の岩屋で入寂したと語られます。五輪塔群には、仁聞の墓と伝わる塔もあります。目の前の石塔が8世紀の仁聞本人の墓だと証明できる、という意味ではありません。そこを仁聞の場所として大切にしてきた人々の歴史が、現在の景色に残っているのです。

修正鬼会にも、仁聞が二十八寺の僧に「鬼会式六巻」を授けて始めたという伝説があります。一方、豊後高田市の文化財資料は、鬼会の史料上の初見を鎌倉時代後期としています。行事の始まりを語る伝説と、文書から確認できる行事の歴史は、分けて眺める必要があります。

仁聞がいつ最初に「開祖」と呼ばれたか、その一日を指すことはできません。ただ、12世紀とされる文書、14世紀の集成、寺々に共有された伝承、そして今も語られる場所と行事をたどると、仁聞が開祖として受け継がれてきた長い時間が見えてきます。

今日のねほりはほり

  • 718年は仁聞の開山を語る伝承の年代。現存する文書がその年の出来事を直接記録したわけではない
  • 『人聞菩薩朝記』は1152年のものとされ、『八幡宇佐宮御託宣集』は1313年に編まれた。二つの文書の関係は、年代だけでは決まらない
  • 仁聞という共通の開祖の物語は、六郷山の寺々を結ぶ伝承となった。千燈寺の旧跡や修正鬼会にも、その語りが残る

ところで、仁聞は八幡神の「化身」だと語られます。では、その八幡神とは、もともとどんな神だったのでしょう。 次回、根掘り葉掘りしていきます。

参考資料